『過去を現代としてキュレーションすることとは?』

 

中国の現代美術の創成期をつくったキュレーターが語る。

私は仕事に応じて3つの異なる帽子をかぶります。 一つはギャラリストとしての帽子。 二つ目はインディペンデント・キュレーターとしての帽子、三つ目は大学の研究者としての帽子です。 それぞれ、商業的、公共的、学術的(アカデミック)な帽子です。 私は基本的にキュレーターで、ギャラリーにおいてもキュレーターとして仕事をしていますが、3つの帽子が私のプロジェクトの構造となっています。 私は1970年代後半に、香港アートセンターのような公共空間での展覧会をキュレーションし始めたのですが、当時は現代美術を展示できるスペースは非常に少なく、人々の関心も低い状況でした。 そこで展示空間の必要性を感じ、1983年自分の個人的な展示場所としてのギャラリーを開設しました。 近年では主に美術学校で活動を展開しています。 商業空間、公共空間、アカデミック空間、それぞれの空間には、それぞれ異なった目的がありますが、全ての空間が一体となって、現代美術分野のスピリット(魂)を内包していると言えるでしょう。 近代美術空間は伝統的空間とは文化的、精神的、政治的な目的において異質な空間です。 このような空間は近代社会が、その文化的欲求を満たすと同時に、「近代性」に内在する問題点への批判を許容するために作り上げたものと言えるでしょう。 近代美術空間は時代を超越した新たな文化形態の漸進的な変化を記す場所であり、観念的、社会的、知性的なメカニズムがその欠陥を示し始めるときに生じる問題点と取り組む場として機能します。 もちろん、美術というものは、これらの問題に対して異なった方法でアプローチします。 美術は、問題に対して、それを理論化し、解決策を提示するのではなく、鑑賞者の感受性に訴えることで「審美的に」対応します。 ある意味で美術とは、近代合理主義と近代において知的領域がそれぞれ細分化されて自律していることが原因で作り上げられた場であると言うことが出来るでしょう。 領域の細分化と社会秩序の変化の結果として、近代のシステムに適応しない物事は領域外に追いやられましたが、それらの記憶は消え去ることなく、いずれは我々の元へと立ち返ってきます。 例えば、近代中国においては、 儒教の古典はかつてその全体が研究されていたにもかかわらず、いまや細分化され、「哲学」「宗教」「文学」の分野に別れた研究されています。 しかし、本来儒教とは、観念的、儀礼的機能を提供するものであり、単純な学問ではありませんでした。 いずれ、本来の機能を復活させる必要が生じることになるでしょう。 そして、その議論は、アートの分野で表面化されるでしょう。 中国現代美術の持つ無政府主義的なパワーの要因は、近代化によって引き起こされたジレンマにあると考えます。 具体的な例を挙げるならば、書の美術があります。 それは単なる言語のグラフィックイメージではなく、伝統的に、 力(パワー)を公に視覚的に示す行為として機能していました(この点については、私の展覧会「Power of the Word」で例証しています)。 近代社会において、書がもつパブリックな力は他の方法でエネルギーを放出するのですが、それはまさに美術として放出するのです。 私の主張を要約すると「近現代美術が無政府主義的であることは、それが矛盾を内包する場を創る美術のプラットフォームに組み込まれているからであり、そうすることによって社会の秩序を破壊するこが回避される」ということです。 全ての真摯なキュレーターは、個人的な文化に関するプロジェクトを持っているものです。 私にとってのそれは、「中国の伝統文化復興」です。 私は中国現代美術の専門家として知られているので奇妙に聞こえるかもしれません。 80年代から90年代初期における私の興味の源泉は、現代社会を私なりに解釈するために、最も重要な新しい美術を特定し、その美術を国際的な場で発表することにありました。 とは言っても、その目的は美術を輸出することではありませんでした。 支配的だった国際的美術のプラットフォームによって、疎外され抑圧されていたことを問題化することでした。 或る美術作品が自身の領域を認めてもらうためには、この国際美術のプラットフォームに適合しなくてはならないという状況を。 その点において、最も成功した私の展覧会は、「China’s New Art Post 1989」です。 その展覧会以降、私のプロジェクトは主に中国美術のプラットフォームを中国国内において組み上げることとなりました。 それが美術教育に参加し始めた理由です。 90年代後期の主な展覧会は“Power of the Word”と、現在進行中の“Yellow Box”と“Jia Li Tang Confucian Rites”というプロジェクトです。 ご存知の通り、美術とは流動的で民主的な、地球規模の文化的プラットフォームです。 また、美術とは文化的な相互対話において最も有効な場になります。 現代において中国文化が持つ主な障害とは過剰な西洋に対するオブセッションです。 これでは現代西洋思想の短所を見逃してしまいます。 私とインドとの共同プロジェクト“West Heavens”と“Inter Asia School”は、知的交流によって中国の近隣の国々についての想像力を創出し、他のアジア各国の経験から植民地独立以降の世界について学習する試みです。

ジョンソン・チャン

Johnson Tsong-Zung Chang
(美術評論家/香港・中国)

ジョンソン・チャンという名で知られるチャン・ツォンズンはキュレーター、ハンアート・TZ・ディレクター、中国美術学院・客員教授。 ジョンソン・チャン氏は1980年代より中国現代美術を推進し、“China’s New Art Post-1989”(1993-1997年)や、サンパウロ・ビエンナーレ(1994年)、ベネツィア・ビエンナーレ(1995年)への中国人作家出展参加、 またサンパウロ・ビエンナーレ(1996年)、ベネツィア・ビエンナーレ(2001年)香港館などの国際的な大規模展覧会を企画した。 リサーチプロジェクトも行っており、 最近の主なプロジェクトには、2004年より開始した“Yellow Box”シリーズと呼ばれる、中国現代美術の実践と中国における美的空間に関するリサーチ、 2012年より開始した“Jia Li Tang”プロジェクトと呼ばれる、儒教の儀式と美学に関するリサーチなどがある。 最近では、広州トリエンナーレ “Farewell to Post-Colonialism” (共同キュレーター)(2008年)、上海ビエンナーレ(共同キュレーター)(2012年)、インド/中国美術知的交流プロジェクト“West Heavens”(2010年上海ビエンナーレ、 2011年広州トリエンナーレ、2012年上海ビエンナーレ)、アジア近代思想フォーラム“Inter-Asia” (2012年〜)、 “Hong Kong Eye”(2012年サーチギャラリー)などの展覧会を企画。